長男が福岡を発つ日が3月の終わりに決まってからのこと。

寮に入る彼は、衣類や身の回りの物、あとはパソコンを送るくらいで、引っ越し準備もすぐに終わってしまいました。
今年は二十歳になるので、成人式の前撮りも兼ねて、久しぶりに家族写真も撮りました。
いよいよ準備万端、私が手伝う事も何も無くなり、あとは出発する日を待つだけ。

それからの私は、もう涙腺コントロールが効かなくなり、その日のことを思うだけで涙が溢れる。
さすがに本人の前で泣くのはよそうと思って、普段は考えないようにしているんだけれど、お風呂に入って一人になるともうダメ。

本人の希望通りの大学に合格したのだから、悲しいわけでもない。
本人はまだ今家にいるのだから、寂しいのでもない。

けれどもう、1週間後にはいなくなってしまうんだ、そう思うだけで、喪失感に襲われる。
ふと見上げた空に、飛行機が飛んでいるだけでも泣けてきた。

・・・これはまずい。
こんな精神状態で、彼を笑顔で見送る自信が無い。

彼が東京に発ってから6日後には、大学の入学式があります。
しかし、オンラインで行われるため、保護者どころか本人も出席できない。
なのにわざわざ飛行機で行くのはどうしようか・・・
と迷っていましたが、この時に行くことに決めました。

入学式に出られなくても、写真だけでも撮りたいからと言うのを口実に、飛行機で会いに行こう。
すぐまた会えると思わないと、耐えられそうにない。

そしてあっけなく迎えた、旅立ちの日。

午後から休暇をもらって、春休みの弟たちと一緒に部屋の片づけをして、夕方から空港へ。
空港着いてからは、ゆっくり話す暇も無く、彼は搭乗口へ。
私は、頑張ってねと、一言声をかけるのが精いっぱい。
振り返ることも無く、彼は行ってしまいました。

そこからはもう涙を我慢できず・・・

普段口数が少ない三男が、「電話すればいいやん、また会えるんやし」と珍しく私を慰めてくれる。
そんな言葉をかけられて、余計に次から次へと涙があふれ・・・
帰りの車でもずっと泣いていました。

それからの喪失感は本当に酷くて・・・ちょっと気が緩むと涙が出てくる。
本人とは、LINEで何かとやりとりはしているものの、新生活がうまくいっているか不安ばかり。
けれどまた、来週会えるんだ、と思って、なんとか耐えしのぎました。

そして入学式の日。

ひとり、飛行機に乗って東京へ。
数日ぶりに長男に会い、スーツに着替えてもらって、一緒に大学まで行き、少しだけ写真を撮りました。
雨じゃなかったら、もっといっぱい撮りたかったな。
入学式には出られなかったけれど、同じように写真を撮っている親子を何組も見かけました。

そして二人でご飯を食べながら、私は聞きたいこと、話したいこといっぱいあるのに、そのすぐ後にまた別れがやってくると思うと、涙をこらえるのに必死で・・というか、泣いてました実際。
あんまりうまく話せませんでした。
話したらもっと泣いてしまいそうで。
駅で別れる時も、やっぱり、頑張ってねの一言しか言えなかった。


それから1週間。

今もまだ、不意に涙が出ます。

ひとり分少なくなった洗濯物を干すとき。
夕飯の支度でお茶碗を4つしか並べないとき。
靴箱を開けて、置かれたままの彼の靴を見たとき。

いやいや、長男ロスに浸っているだけじゃ、ダメだ。
前を向かないと。

彼が使っていた部屋には、弟が使うかもしれないからと、参考書などがたくさん置いてあります。
小学校入学の時に買ってもらった学習机がまだそこにあるから、仕事用のパソコンを置いて、テレワークで使うための部屋にすることに。
いろいろ部屋を片付けていたら、こんなものを見つけました。


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生まれて三か月の、小さな小さな手と足。

私たち夫婦にとって初めての子どもで、彼は私たち家族の中心になりました。



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慣れない子育ては大変でもあったけれど、彼の成長の一つ一つがこの上ない喜びであり、幸せでした。

それから20年近く、反抗期もあったし、心配で眠れない夜もあった。
けれど、いつの間にか大きくなって、私なんか全然わからない数学の問題を簡単に解けるようになって、海外で働くなんて大きな夢も持つようになって。

あと何年か経って、あなたが一人の社会人として一歩踏み出す時のために、私は少しでも、そのステップに進める手伝いができたのでしょうか。

とにかく体に気を付けて、たくさんの人にいろんなことを教わって、前を向いて、あなたの人生を歩いてください。

少し立ち止まりたくなった時は、思い出して、ここに家族がいることを。

母もそろそろ、前を向きたいと思います。
あなたに負けないようにね。



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